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【序章】家具好きの三流大学生がFXで1千万稼ぎ、実業で2千万円損して、海外逃亡して10億円売るまでの話

ジャスティン
はじめまして。管理人のジャスティンです。

家具好きの三流大学生がFXで1千万稼ぎ、実業で2千万円損失して、海外逃亡してしまった話をしたいと思います。といってもこれは私のことです。(笑)

今までメディアに自分のことを書いたり、メルマガを発行したこともありませんので、正直こうやって自分のことを晒すのにかなりの恥ずかしさを感じました。

それでも、自分のストーリーが誰かしらの役に立ったりすれば良いかなあと思い、ざっくりと記憶を蘇らせながら書いて見ました。

細かいところは省いてスラスラと読めるように書きましたので、是非見てやってください。もし希望が少しでもあれば、またいつか続編も公開できればと思います。(^^)

1.大学生受験の失敗

今、振り返ると・・・

私の大学時代はオレンジデイズで描かれる
理想のキャンパスライフとは程遠いものでした。

サクラ咲く入学式に、僕は親と大学に入学式へ。
ガラの悪い人達ばかりがいて(笑)とんでもないところにきたなあと、
親に申し訳ない気持ちになったことを覚えてます。

私は、幼少期から高校まで
12〜3年間サッカーをしています。

高校生の時は、
県大会優勝を勝ち取りましたし、
そのチームでレギュラーでした。

ポジジョンはボランチ。

高校2年で、
正式なレギュラーポジションを勝ち取り、
彼女もつくり、授業は寝て過ごす毎日。

それなりに楽しい毎日だったと思います。

しかし、大学入試は失敗しました。

県内の大学からのスポーツ推薦もあったのですが
どうしても東京にいきたい夢がありました。

授業は寝てばかりで、成績は悪かったのものの、
大学入試は受験勉強をして、入試を頑張りました。

結果。

第一志望、第二志望、第三志望とこけてしまったのですが
泣く泣く最後の滑り止めで、東京の大学に入ることができました。

もちろん世間体でいえば、三流大学ですけどね。

2.資格勉強という人生の選択

「大学生といえば、遊ぶ。」

というのが、三流大学の鉄則です。

当然、私も遊びました。

が、遊ぶことに嫌気がさしたのが、
入学1ヶ月あたりからです。

大学入試で失敗したんだから、
就職試験では絶対に勝とう!

というのが、
私のモチベーションとなり、

大学1年から就職課にいき、
先生に対策を聞きにいきました。

情けない話ですが、
当時自分は三流大学の器じゃないと
自分で疑いもしていませんでした。

周りの学生が、就職試験に苦しんでいる間に、
自分は大学1、2年ですべての卒業単位を取得して
大学3年には就職決めてやろうと計画してました。

緻密に、大学4年間のライフプランを
18歳の頭で考えノートに綴ったのです。

私が考えたプランはこうです。

大学1、2年で卒業単位をフルで取得、
同時並行で資格勉強に励む。

大学3、4年は学校に通わず、
資格を活かしたアルバイトをする。

そのままアルバイトからスタッフに成り上がり、
同じころ就職する同期に差をつけて就職する。

という計画です。

なんともまあ、ちんけな計画ですけどね。

周りへの劣等感をなくしたい思いが
そうさせたのでしょう。

私は資格勉強に選んだのはこれです。

「インテリアコーディネーター」です。

インテリアコーディネーターの仕事は内装です。
建築士は家をたてる。インテリアコーディネーターは家の中の仕事です。
逆に雑誌等で活躍する人はインテリアスタイリストという職業になります。

私は新宿にある
インテリアコーディネーター取得のための
資格取得スクールに通い始めました。

大人達にまじって、
インテリアについて学びました。

3.18歳でダブルスクールの経験

ダブルスクールのために
新宿に一週間に二回通う生活が一年間続きました。

当然、まわりは社会人ばかりでしたし、
18歳の人は他にいなかったと思います。

なぜ、インテリアコーディネーターを選んだかというと
昔から家具やインテリアが好きだったからです。

よくコンビニ置いてある、
部屋のスナップ雑誌。

あのような雑誌には
何回ものったことがあります。

深夜に1人でノコギリをもって、公園で板を削ったり、
壁面収納を自分でつくるために三日間徹夜で没頭
したこともあります。

それだけ、好きなことだったんです。

19歳の頃の自宅。
当時はミッドセンチュリーが好きで、高い家具は変えないから、
それっぽいような家具とジャンク用品を混ぜて色々してました。
(写っているのは友達)

将来は好きなことを仕事によう!
それで稼げたら、最高だろう!

という勝手な思いがありました。

インテリアコーディネーターの資格というのは
名前からしてカッコイイものです。

しかし、インテリアコーディネーターの
需要は年々高まっているのも事実で、

二級建築士レベルで
資格取得が難しいと言われています。
(今は分かりませんけどね)

私はこのインテリアコーディネーターの資格を
1年かけて勉強して、資格を受けました。

日中は、大学でフル授業を入れて、単位取得。
午後は、バイトをしながら、資格勉強に励む。

三足のわらじで、相当忙しい日々を送ってました。

4.資格に落ちたが、インテリアコーディネーターになる

結果、資格には落ちました。

インテリアコーディネーターの資格は
1年に1回しかありません。

一次試験(学問)と、
二次試験(図面)があるのですが、
二次試験で落ちてしまいました。

1年で受かるつもりで勉強したので、
相当、頑張ったと思います。

けど、落ちました。

また資格勉強か・・・と思ってた矢先、
家具屋で働けるチャンスを見つけました。

その家具屋で言われたことは、

「資格がなくても、
インテリアコーディネーターなんてやれるぞ」

ということでした。

え、、資格がなくてもやれるの?

と当時は思いましたが、
人生とはそんなもんです。

弁護士とか建築士なら
資格を持ってないと仕事面で影響がでますが、

世の中の8割以上が、
別に資格なんていらないです。

結局、資格をつくる側の
ビジネスに乗っかってるだけです。

と、気づいたのです。(笑)

家具の仕入れから、メンテナスから、発注。
通販業務、テレビドラマの貸し出し、SEOもここで学びました。
今思えばここでの経験もだいぶ自分にプラスでしたね。

私は家具屋で2年間
アルバイトとして働きました。

そして、インテリアコーディネーターも経験し、
就職もOKだと言われるくらいになりました。

5.家具屋で働いても、夢はないぞ。

家具屋で働くことを
夢見ている人には申し訳ないですが、
業界の給料は、凄く低いです。

そして、大変な業界です。

きつい、やすい、たいへん

という言葉が本当に似合ってます。

ある日、アルバイトの僕に、
家具屋の社長がランチを誘ってくれました。

社長はフェラーリに乗っていて、
助手席に僕を乗せてくれました。

道中、色々と話をしてもらいましたが、

「家具屋で働いても、夢はないぞ。」

と言われたのが、一番記憶に残っています。

きっと社長は、給与面のことを
僕に言いたかったのだと思います。

俺のように金持ちになりたかったら、
家具屋で働いていても、一生なれないよという
メッセージだったのでしょう。

渋いブラックカラーのフェラーリ。
神楽坂付近を車で走りながら、社長の話に聞き入る。

当時の僕は気づいてました。

インテリアコーディネーターのトップでも
年収1,000万円レベルだってことはもちろん。

そして何より、自分が家具を好きなのは、
自分の部屋を自分でコーディネートする点であって、

他人の部屋をコーディネートするのは、
好きという感覚からは少し遠いということを。

そして、僕はアルバイトをやめてました。

6.大学生、FX投資家に出会う

時は流れ、就職試験の時期です。

お金持ちがたくさんいるよ。

そう友人に言われて、
新宿歌舞伎町の飲み会に参加しました。

その飲み会に参加したことが、
私が自分でお金を稼ぐというキッカケになりました。

そのときの飲み会で、
1人だけオーラが別次元の方がいました。

どうやらFX(為替投資)で生計を
立ている方のようでした。

彼が話すお話、すべてが面白く、
私に新しい世界を見せてくれました。

そして彼の話を聞けばきくほど、
世界観や人格に惚れてしまい、弟子入りを志願。

最初は弟子入りを断られたわけですが、
何回もお願いした結果、弟子入りすることができました。

新宿の歌舞伎町で行われた飲み会。
今思えば、なんとも怪しい会でしたね。
まさかここから人生が変わるとは思ってもみませんでした。

私にとっての、はじめての師匠です。

FXの師匠とは、
たまたま住んでいる家も近かったです。

やりとりはSkypeを使っていたのですが、
何かあれば直接聞きにいくこともしてました。

今思えばかなり面倒くさい大学生だったと思いますが、
こころよく師匠はFXを教えてくれました。

1年間、彼の元でみっちり投資を学びました。

そして、師匠から学んだノウハウで
1年間FXを実践しました。

7.大学生ながら、1,000万円稼ぐことが出来た。

結果、上下しましたが、
最終的に700万円ほど手元に残りました。

証券会社の口座預金が、
1,000万円を超えたこともありました。

今までヤフオクや転売で
小遣い稼ぎくらいはしたことはありましたが、

本格的な意味で言えば、
これがはじめてのお金稼ぎとしての
成功体験だったかもしれません。

実際に私が利用していたFXのチャート画面。
当時は10銘柄のパワーバランスを見てトレードをしていましたが、
ユーロ円、ドル円、ユーロドルの三通貨ペアがメインでした。

ちょうどその頃、
パソコンモニターだけと向き合い、
相場と睨めっこの日々が続いていました。

そんな日々が苦痛に感じるようになり、
「人と関わりながらお金を稼ぎたい!」
という想いが込み上げました。

そんなときに、
「ネットビジネス」という言葉が私の目の止まりました。

「これだ!」と思いました。

ネットビジネスだったら、
人と関わりながらお金が稼ぐことができる。
きっと毎日がもっともっと楽しくなる。

そして、投資をやめてビジネスの世界に入ったのです・・・

8.ネットビジネスにあけくれてた時代

最初に自分がやったネットビジネスは
「アフィリエイト」でした。

なぜ、アフィリエイトをしようかと思ったのか?

当時ネットビジネスのことなんて全く分からなかったので、
「ネットビジネス オススメ」と検索しました。

そしたら、それこそ色々な情報が出てきました。

情報がありすぎて困りました。

一体どの情報を、一体誰が言ってることを
信じればいいのか分からなかったからです。

そこで、自分の歳が近い人で、
ネットビジネスで稼いでいる人がいたら、
信頼できるかなあと思ったんです。

そして見つけました。

自分の歳に近くて、
ネットビジネスで稼いで生計をたててそうな人を。

そして質問したんです。

「ネットビジネスをやりたいんですけど、何からやればいいですか?」

9.とりあえずネットビジネス商材を13個くらい買ってみた

彼に質問すると、すぐ返信が返ってきました。

この商材がオススメですと、
13個のネットビジネスに関する
商材リンクが張られていました。

うろ覚えですが、

・アフィリエイト
・情報販売ノウハウ
・コピーライティング
・ツイッターノウハウ、
・リスト獲得ノウハウ
・ホームページ構築ツール、
・ホームページ作成ノウハウ

とかだったと思います。

これだけは覚えているのですが、
合計13個の商材を買いました。

FX投資をやっていたくらいですから、
自己投資が重要なことくらい分かります

副業や週末起業が盛り上がる少し前だったと思います。
一生懸命ネットビジネスの情報を探したのを、今でも覚えています。

色々と買ったはいいけども
もう何がなんだか分かりませんでした。

とりあえず「ありがとうございます!」と返信して、
私はその商材を全て買いました。

どの商材から手をつけていいかも分かりませんでしたが、
一度全てに目を通してみました。

もちろん、上に書いたようにジャンルもバラバラのノウハウです。

インターネットの作業自体が苦手だったので、
分かるはずもありません。

10.稼がせてもらうつもりが、稼がせてしまう

FXの師匠からは

「分からないことは、自分が最善を尽くしてから聞くこと」

と教わっていました。

ですから、10個以上の商材を買って2週間、
私は、彼への一切の質問もしませんでした。

まず自分で最善を尽くしたかったからです。

しかし、どうしても順番というか、
何から学んでいいのか分かりませんでした。

そのため、申し訳ない気持ちを抱えながら、
はじめて彼に質問しようとしました。

ところが、質問するために彼のサイトに行くと・・・

「1日でアフィリエイト報酬〇〇円稼ぎました」

彼のホームページには、
このように実績が掲載されているではないですか。

最初は、おお、凄いなあ!と思いましたよ。

しかし、その画像を見る限り、
どう考えてもその報酬画像は、私が購入した3月21日…
実績として上がっている商材名も私が購入した商材すべて。

そうです。

彼が紹介してくれた商材のリンクは、
すべてがアフィリエイトリンクになってました。

私はアフィリエイトリンクということも知らなかったので、
そのまま購入してしまったのです。

思いました・・・「あれ?俺、利用された?」

11.ショックをバネに、アフィリエイトで月40万円稼ぐ

その、1日で〇〇円稼ぎました!
という実績を見たときは、

なんとも腰が抜けたというか、
一気にその彼への信頼がなくなったというか、
まあそういう思い出もあります。

しかし結局私は、
アフィリエイトで月40万円稼げるようになりました。

当時のことを振り返ると、
彼の実績を出していることを嫌見に捉えていました。

しかし、その彼には感謝しています。

もう彼のサイトはなくなっているようなので、
彼がどこで何をしているのかは分かりませんけど、

アフィリエイトというビジネスモデルは紹介手段であり、
その実績をアップすることはべつに悪いことではないからです。

購入した商材に1つだけ「アフィリエイト」の商材がありました。

私はそれを見て試行錯誤しながら、
アフィリエイトサイトをつくりました。

FXをやっていたので、
FXの情報商材を紹介するサイトをつくりました。

3ヶ月目で月10万円、
4ヶ月目で月30万円、
5ヶ月目で月40万円

稼げるようになりました。


はじめてのアフィリエイト報酬は本当に嬉しかったです。
池袋の東口のラーメン屋で待っている時でした。売上速報値のメールが届き、
おおっ!と叫び、隣にいた友達にハイタッチしました。(彼は何も知りません)

私はFXのアフィリエイトサイトをしながら、
自分の商材も作って売りました。

そしてコンサルティングも行いました。

コンサルティングのチャージは、
対面コンサル3回で、30万円という金額でした。

高いかな…と最初は思ったのですが、
数十人以上がコンサルを受講してくれました。

当時東京に住んでいた私ですが、
名古屋や岐阜といった遠方から東京に来てまで、
コンサルを受けに来てくれる方もいました。

そのときに、
人に教えてることの楽しさと面白さ、
そして仲間が出来るという快感を得ました。

余談ですが、
アフィリエイトをはじめてから
情報商材というのを知りました。

「ノウハウなんて売れるの?!」

まさかこんな世界があるなんて、と驚いた記憶があります。

12.FXサイトは1年で閉鎖。理由は・・・

そのFXサイトは1年くらいで閉鎖しました。

理由は、私が「悪いこと」をしたからです。

というのも記事の内容は、
他人のサイトを見て、内容を真似したからです。(笑)

なぜならそのサイトが凄く上手だったからです。

凄く上手いなあ、
私も同じようにやってみようと思ったんです。

他人の記事の内容を少し引用したりすることは
誰でもあるでしょうが数記事、ほぼパクってしまったのです。

正直、当時はそんなに悪気はなかったです。

そのため、そのサイトの管理人が私に連絡をくれて、
私は謝罪をしました。

「罪の償いは、閉鎖します」

ということで、私は1年かけて作成した
FXのアフィリエイトサイトを閉鎖しました。

別にそこまでしなくても良かったのですが、
私としてもFXへの興味は薄れていたので、
別ジャンルのビジネスをやりたいと思っていたのです。

(連絡をくれたサイト管理人も、サイトを閉鎖します!
と伝えたら驚いてたのを覚えてますね。)

FXのコンサルティングをした方への
アドバイスだけはしっかりと行って、
今でも付き合いがいる方もいます。

13.インターネットプロモーションの世界に参入

FXのアフィリエイトを辞める前あたりから、
知りあいから、インターネットプロモーションの
サポートスタッフとして手伝ってくれないかと相談がありました。

それが、今でいうところのプロダクトローンチを使った手法です。
インターネットで商品を売るときの、1つの販売手法でもあります。

簡単に説明すると、
プロダクトローンチは広告費100万円〜1,000万円かけて、
売上1,000万円〜1億円を生み出す販売手法です。

私は、新しい世界を見たい気持ちもあり、
そのサポートのスタッフとして入りました。

商品はコンテンツです。
つまり”情報”を売るプロジェクトです。

このプロジェクトメンバーには、
コピーライターが1人、プレナー(先生)が1人、デザイナーが1人、
ディレクターが1人、そして私の合計5人でした。

結果、3,000万円を売り上げました。

利益は2,300万円ほど残ったと思います。

この利益をプロジェクトメンバーで山分けして、
私も雀の涙ほどのおこぼれをいただきました。

私はサポートをメインに活動しながら、
エンドユーザーのフォローを行いました。

アップセル、ダウンセルなどはやらせていただきましたので、
かなりの経験が出来たと思っています。

なによりも、「こんなに”儲かるんや”」と思ったのを覚えています。


販売開始と同時に、商品単価10万円の商品が、
売れる、売れる、売れる・・・売れる。
こんなに売れるんだと本当に驚きました。

かなりの衝撃の出来事でした。

高額商品(10万円)以上の商品が、
分刻みでドンドン売れていくのです。

決済管理画面を、
1分毎にF5ボタン(更新ボタン)を押して更新しました。

なぜなら、1分ごとに購入者が山のように溢れ返るのです。

これはある意味・・・麻薬でした。

14.プロダクトローンチが起こすジレンマ

この私のはじめてのプロモーションは、
今から7年前の出来事です。

このプロダクトローンチについて、
補足説明させてください。

当時は、そこまでプロダクトローンチの
流行はありませんでした。

しかし現在では、
ネットを見渡すと、プロダクトローンチだらけです。

分かる方には分かると思いますが、
現在はインターネットでビジネスをしている方、
そのほとんどがプロダクトローンチを使って大きな売上をたてています。

私が上で「麻薬」と言った理由は、
良くも悪くも、プロダクトローンチは凄い売上をもたらすからです。

そのため、プロダクトローンチを使えば、
儲かるとか、稼げるとか、そういう理由だけで
悪いことをやっている業者もいるみたいです。

そういった噂もかなり聞きます。

そういったこともあり、
「プロダクトローンチ」は詐欺だと言う方もいます。

そのため、モラル的にもマインド的にも、
しっかりした心構えでプロダクトローンチを
利用する必要があります。


プロダクトローンチの開発者のジェフウォーカー

ジェフ・ウォーカー(プロダクトローンチの開発者)の提唱する
プロダクトローンチは、まだビジネス経験10年以下の私からすれば、
本来はそういう手法ではないとは思います。

確かに本当に売上が出る、結果が出る手法だと思いますが、
本来の使い方は単発で利用するマーケティング手法ではない。

プロダクトローンチは、ビジネス構築システムです。

より早く、効率的に多くの方に
商品の良さを見込み客に伝えることができる手法ながら、
ビジネスを構築することができるツールです。

余談ですが、
このブログでは本来のプロダクトローンチのことも
お話していければなあと思っています。

15.マッチングビジネス、見積もりサイトの運営を開始。

プロダクトローンチから一転、
マッチングビジネスを開始しました。

私がやったことは「見積もりサイト」です。

見積もりサイトでやること簡単に説明します。

見積もりサイトがやることは、
ユーザーが求める「安い業者」や「評判が良い業者」を
まとめてユーザーに提案することです。

例えば「〇〇県のリフォーム会社」を探している
エンドユーザーがいたとします。

そのエンドユーザーは
「〇〇県 リフォーム会社 オススメ」といった検索ワードで、
リフォーム会社を探すと思います。

私はそのキーワードを狙って、
見積もりサイトをSEOで上げました。

SEOというのは検索したときに
サイトを上にあげることを意味します。

「〇〇県 リフォーム会社 オススメ」と検索したら、
私の見積もりサイトが表示されるようにしたのです。

検索したユーザーからすれば、
「見積もり会社に頼めば、自分の期待に沿った業者を手間なく紹介してくれる。」

そのユーザ−を業者に紹介することで、業者からすれば、

「濃い見込み客を営業なしで紹介してもらえる。」

というビジネスモデルです。

WIN(業者)-WIN(ユーザー)-WIN(私たち)の
関係が成り立っていたと思います。

16.100業種以上の見積もりサイトを運営しました

この見積もりサイトを「100業種」以上立ち上げました。

「居抜き、井戸工事、看板工事、エレベーター修理、システム開発、塗装業、内装業、ログハウス…」

などなど高単価業種を絞ってサイトをつくりました。


実際見積もりサイトだけでドメインは500取得しました。
そこから200サイト以上作り、売上・利益が出るサイトだけ残しました。
他にも広告枠を貸すサイトも30ほど作りました。全て失敗ですけどね。(笑)

高単価の業種に絞る理由は簡単です。

利益額が高いのです。

見積もりサイトの利益の話をすると、交渉にもよりますが、
業者単価の5〜15%前後の利益がもらえます。平均で10%前後です。

例えば、ログハウスの見積もりサイトを運営していたとします。

お客様と業者のマッチングが成功して、
お客様が2,000万円のログハウスを建てたとします。

すると私たちに入る額は、
10%の200万円です。

実際のところ、
ログハウスの場合で10%でいただく
ケースは多くはありません。

しかし5%はもらえます。
5%でも100万円です。

見積もりサイトがやることは、
お客様と業者を繋げただけです。

このような見積もりサイトを
「50業種以上」立ち上げました。

余談ですが、見積もりサイトは
「業者」と「エンドユーザー」を繋げることになります。

別名「O to Oビジネス」とも言われます。

「O to O」というのは、オフラインとオンラインを繋げるという意味です。

当時はその言い方が流行ったんです。

なんかカッコイイじゃないですか。

この頃からどんどん実業ビジネスをやりたいなあと思ってました。

17.見積もりサイトの行方・・・

見積もりのマッチングビジネスは
チームで取り組んでいました。

サイトを作る人、SEOを上げる人、ディレクションをする人、
業者とユーザーを提携する人の合計4〜5人です。

この4〜5人で見積もりサイトからの
利益を分けていました。

そんな中、
メンバーの1人が問題を起こしました。

その問題とは「現金隠し」です。

業者から払われたお金を隠していたのです。

その額、5,000万円を超えます。

私たちがその事実を知ったのは、
見積もりサイトがビジネスとして成り立ったかなり後でした。

ある日、ユーザーさんから連絡があり、
「例のシステム開発の件の進展」を教えてほしいと言われました。

しかし、私たちの顧客リストにその方の名前はありませんでした。

調査をしたところ、
メンバーの1人が勝手に業者とそのユーザーを繋げていました。

そして私達に報告も連絡もなしに案件を進めて、
業者からのキャッシュを隠していました。

その件数は100件未満ほどだったと思います。

そして、裁判沙汰になりました。


人間関係の問題は色々とありましたが、
お金について揉めたのはこれがはじめてです。
このときお金の怖さを知りました。

この真相については、
またどこかでお話できればと思いますが、
私としてもかなり損をしました。

それは金銭面だけでなく、
時間的にも労力的にもです。

しかし、なによりも仲間の裏切りという現実と、
ビジネスの難しさについて勉強になった時期です。

マッチングビジネスはそれでチームは解散。

今はノータッチです。

18.就職拒否。リアルビジネスをやりたい!

マッチングビジネスをやりながら湧いてきた想い。

それがリアルビジネス、実業です。

話はそれますが、
ちょうどこのときに私は大学4年生で、
就職活動の終盤の時期でした。

もちろん、就職する気などさらさらなかったのですが、
一応、就職活動をやらせてもらいました。

なんだか、就活をやってみると面接が楽しかったのと、
他の学生に負けたくなかったというのがあります。

結局11社中6社くらい内定をもらっていたのですが、
すべてお断りをさせていただきました。

今思うと、無駄なエネルギーでしたね。

さあ、話は戻り、実業の話ですね。
私は健康業界と美容業界に参入しました。

メーカー側として活動したかったので、
メーカーとして商品を作りました。

最初に作ったのは「ダイエットジェル」です。

この商品はダイエットのためのジェルで、
お腹周りにジェルを塗りたくることで一気にウエストや太もも周り、
二腕周辺のサイズダウンするというもの。

岡山県の工場に直接交渉しにいって、
パッケージから商品成分まで全部考えて作りました。

最初はこの商品の取り扱い店舗を増やしました。

ありとあらゆる手段でアポをとって、
直接説明をしにいきました。

東海地方からはじめて、
関西、関東、中部、北陸、東北などを巡りました。

また、販売店舗を増やしながらも、
フランチャイズ展開で規模を増やそうと試みました。

しかし、結果は全然上手くいきませんでした。

利益率もネットに比べると凄く少ないです。

ですが、ほんとたまーに売れたり、ほんとたまーに
取り扱い店舗が増えたりしたのです。

その小さな売上を元に、
全国を駆け巡り、賛同者を増やしました。

商標登録や特許なんかも申請したりとかして。

とりあえず無我夢中で頑張りました。

19.リアルビジネス撤退

最終的には「ダイエットジェル」以外にも、
健康関連商品も作りました。

サプリメント、寝具関連、などですね。

しかしこれらは上手くいきませんでした。

工場と交渉して、
高額をはたいて作成した商品も、
工場からの最小ロット数のノルマを
売ることが出来ませんでした。

そのため、自宅にたくさんの在庫を抱えました。

この事業に未来が見えませんでした。


ロット注文なので毎月ノルマをこなして
何百という商品を売らなければ在庫を抱え続けることになります。
交渉下手だったことと、在庫リスクに関しても楽観視してました。

損失額でいうと合計2,000万円くらいでしょうか。

自分の意思が弱いと思っていましたが、
損切りは早目にというFX時代からの心得から、
2年くらいで事業撤退しました。

その後、再度インターネット業界に戻ってきました。

最初はありとあらゆるセミナーに顔を出してみました。

別にセミナーを学びたいという訳ではなく、
自分の限られた世界を広げたいという思いからです。

20.出会いという転機

そんな中ある日、「人生を変える出会いがありました」。

その出会いとは、
インターネット業界でプロモーションをされている
社長さんとの出会いです。

その方をはじめて見たときは、
まるで「ブッダ」とか「お釈迦様」みたいな人だなと思いました。

とにかく笑顔、とにかく優しい、そしてすべてを許す。

なにか人間じゃないような
人間を見たような気分になりました。


いつも肌がツッルツルで、笑顔でしかなく、
1万円くらいの生物学や歴史学の史実書ばかりを
持ち歩いているような人でした

私はあるセミナーの懇親会に、
その彼に質問をしたんです。

「ビジネスに限らず、何が人生において大切なんですかね」

重い雰囲気ではなかったので、
かなりフランクな雰囲気の中での質問でした。

その彼はこう答えました。

「やっぱね、自分が後悔しない生き方だね。
今やっているビジネスがどれだけ儲かるだろうか、稼げるだろうか、
そんなのは人生の充実度にはあんまり関係ない。

自分が本当にやりたいこと、自分が本当に成し遂げたいことを
やることが1番の幸せなんじゃないかなあ」

あいにく、そのお方はその2年後。30代前半でこの世を去りました。

その話を聴いたときは泣きました。

しかも私はお金がなくて、
移動費を考えるとお通夜にも葬式にも行けませんでした。

今でも彼の言葉を思い返すと、
なんだか不思議な気分になります。

私は彼のことが好きになってしまったようで、
彼の泊まっているホテルに遊びにいって話を聞かせてもらったり
メッセージをしたり、電話をしたりと色々と話を聞いてました。

そのときに、
そんな彼がやっていたインターネットのプロモーションって、
そんな楽しいものなの?と思って。

再度インターネットでのビジネスをやろうと思ったのです。

21.日本ではじめての無料オファーローンチ

ここからはだいぶ内容をはしょって話をしていきます。

まずは無料オファーと呼ばれるインターネットプロモーションを
日本ではじめて大々的に行った社長さんの元で働きました。

これは弟子という形でやらせていただきましたので
就職とは違います。

このプロモーションは今でも業界では有名みたいです。

少し難しい話ですが、
無料オファーと呼ばれる手法です。

無料のプレゼントをインターネット上で配ることで
メールアドレスを集めます。

そしてそのアドレスにプッシュ型のメールを送っていき、
最終的に商品を購入してもらうという流れです。

あなたもインターネットで自分のアドレスを
登録したことが1回でもあると思います。

・無料資料請求
・無料体験
・無料相談
・無料動画講座、

すべてがこの無料オファーです。

2009年にクリスアンダーソンの著書が有名になりました。
「フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略 」という本に
この無料オファーのことも書かれています。


「フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略 」
〜クリスアンダーソン著〜

この無料オファーという手法は、
日本でプロダクトローンチとも言われています。

雑用から皿洗いから鞄持ちから何でもやりました。

弟子入りですから、
会社寝泊まりもしながら、睡眠時間を削って働きました。

22.雑用からプロジェクトマネージャーへ。

その結果、
雑用係から進化して、プロジェクトマネージャーとして
働くまでに大きく成長することができました。


プロモーション期間は2日1回自宅に帰る。
シャワーするためだけに帰って、食事はフルーツのみ。
事務所には歯ブラシセットと寝袋持参でした。

というひどい生活でしたが(笑)

私がプロジェクトマネージャーとして関わった案件でみれば、
売上という面でプロモーションが失敗したことはありません。

厳密にいうと、
小さい失敗や問題は山のようにありますが、
売上という面の結果だけは出してきました。

おそらく、合計15億円近く売りました。

2,000万円〜1億円規模のプロモーションを繰り返し、
合計数十億円の売上をインターネットで残しています。

誤解のないようにいっておきますが、
全て一人でやったわけではありません。チームメンバーが必ずいます。

その人数が多ければ多いほど、当然利益は少なくなります。

しかし人数が多くなる分

・チームビルディング能力が高まります
・数千万円〜億規模を動かす経験になります
・リーダーシップ能力が高まります
・プロジェクトマネジメントのスキルが高まります
・人を動かす力が高まります
・人望が集まります

このような素晴らしい経験ができます。

今はこの会社を独立しましたが
現在も関わらせていただいております。

本当に感謝しています。

23.現在は海外に住んでいます

自分の知見を広めたいという想いから、
2013年頃から海外に移住しています。

今まで住んでいた東京とは家賃も生活費も
バカにならないくらい安いです。

別に海外に興味があったわけではありませんが、
グローバル化したこの時代には、世界でも生きていけスキルを
身につけなければと思っています。

バリ島のウブド。
ヨガや雑貨などのアートが盛んな商店地域。
もちろんどの店にもWifiが通っている。

インターネットがあれば、
どこでもビジネスができます。

LINEや、Skypeを繋げば、
無料でテレビ電話ができます。

プロジェクトメンバーと事務所なしで
密にやりとりが出来ます。

海外はインターネットのインフラが
日本よりも整っています。

どこにでもWifiがあります。

そういった意味でも、
インターネットでビジネスをやっているのであれば、
海外に拠点を構えることも出来ます。

ビジネスの力をつけることで、
こういった自由を手に入れることができます。

24.正解も不正確もない世界

世界に出てみると、
色々な価値観があるのが分かります。

宗教や教育や生活の違いから、
私達、日本人が正しいと思っていたことが、
時としてそうではないケースも希ではありません。

インターネットが起こす
グローバル化の波は避けられません。

ITの発達により、
どんどん世界が近くなっています。

ツイッターやフェイスブックの台頭により、
世界中の人とコンタクトをとることが出来ます。

LCCの普及により、
東京ー大阪間の新幹線代よりも安く、
海外に行くことが出来ます。


日本は島口なのに対して
海外は陸路でも国境を超えられることが多いです。
隣の国に行くのに4,000円もざらの世界ですね。

感覚的な意味で、ますます世界が近くなり、
ますます、世界中の価値観が入り乱れます。

価値観多様化の時代がもたらすものは、
正解も不正解もないという時代です。

だからこそ、

「自分のやりたいこと」

を大切にして欲しいと思っています。

「自分がこうしたい」

と思う生き方を、
素直に行える人生が1番ではないかと考えています。

25.最後に・・・仕事における私の考え

このローンチ島というサイトは
マーケティング的なことを書いてますので
ビジネスで儲けよう的なところがあります。

しかし、ここで一度考えてみてください。

もし、あなたがビジネスで稼ぎ続ける能力を
身につけることができたとしたら、

それは同時に、
周りの大切な人達を助けることが
出来る力をもつということです。

ビジネスというのは、
人を助けることで成り立つます。

イコール関係です。

つまり、ビジネスで稼ぎ続ける力を使えば、
あなたの自身の自由を獲得することはもちろん、
他人の人生を助けること同時に叶えてくれます。

結果的に、あなたが人に感謝されて喜ばれる
人生を送れるということです。

ビジネスを通して、
大切な人を助けれる力・守れる力を持ちましょう。

ビジネスの能力をつけるということは
他人の人生を助けながら、自分の人生の充実を満たします。

大切な人を助けられる力を身につけて
自分が実現したい未来に近づきましょう。

そして、人に感謝されて喜ばれる人生の醍醐味を、
味わっていただければ幸いです。

今の先の先の先にある、夢の景色を描いて下さい。

当ブログのコンセプトが決まりました。こちらもぜひご覧ください。

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Justin Uono

Justin Uono

石川県生まれ。インターネットでコンテンツを売る仕事をしています。2013年にマレーシアに移住し、現在はデュアルライフを実践中。「世界で活躍できる日本人になろう!」を大きなコンセプトに掲げて情報発信をしております。


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